|
展示室4B 英語の授業で困ったこと 入学前に、中学校に行って自身が弱視であること、学校生活を送るうえで何かをお願いするということはなかったように記憶している。したがって、拡大教科書や書見台を使うこともなければ、補助の先生についてもらうこともなかった。また1995年当時は、私が住んでいた京都市内では弱視教室もなかった。 私が障害があることでお願いした特別な配慮といえば、座席を一番前にしてもらうことだけだった。 それが、当たり前だった。 この文章を書いている2006年現在こそ特別支援教育の名のもとに学校にいる障害児をいかに支援するかさかんに議論されているが、私が中学校に入学した1995年当時は障害のある子どもはどんな補助も求めないことを条件にして普通校に入学することができるという状況だった。もし、補助の先生をつけてほしい、配られるプリントを拡大してほしいなどと要望を出せば、入学したいその学校では受け入れられない、盲学校に行けばよいと言われることが目にみえていた。 そうして私は障害のない生徒と同じ授業と試験、評価を受け、さまざまな困難に直面した。 弱視だからという理由で中学校で勉強するにあたって困ったことはさまざなあるが、ここでは英語の授業で困ったことをふりかえりたい。 英語の時間、テキストやノートをよく落としていたように思う、 英語は、A4版のテキストと副読本両方を使う授業が行われていた。先生の指示に従い、テキストや副読本を出す。この時点で、机の上には教科書、副読本に、ノート。それに、筆記用具、単眼鏡が置かれている。眼鏡が、置いてあることもある。そして、先生の指示に従い慌てて教科書を開く。次に、先生の話をメモしようとノートをとる。その瞬間、ノート以外のものが全部が落ちるといった具合である。 のりとはさみを使う授業は、さらにやっかいである。 たまにプリントを使う授業があったのだが、使い終わったプリントを授業の終わり、ノートにのりで貼るのである。机の上は、のりとはさみを使う前からいっぱいである。そこにのりとはさみを置くとなればたいへんで、多くのものが勢いをつけて落ちていったものである。しかし、親切にものを拾ってくれる人などいない。私は消しゴムなどを落としては、なくすというたいへん悔しい経験を繰り返さざるを得なかった。 もちろん、私もまったく落下防止策を講じていなかったわけではない。 副読本を使わないときは、ページを開いたまま机の中にしまいこんでおくのである。こうすれば、あわててページを開くということはせずにすむ。しかし、これには1つ問題があった。副読本を机からひっぱり出すことに集中して、机の上に目をやらないと、背の高い単眼鏡に副読本が当たり単眼鏡が転げ落ちてしまうのである。 こうして私は、ものを落としては追い、追っては落としをくりかえして授業を受けていたのである。 では、私はどのような支援を受けられればよかったのだろうか。 まず教科書やプリントの文字が大きく眼鏡を使う必要がなければ、眼鏡を使うこともなかった。拡大教科書の提供や、プリントの拡大といった支援が効果的だったと思われる。 また、大きめのサイズの書見台を使うことができればよかったかもしれない。 そして、いざ落としたときにいっしょに落としたものを探してくれる補助の先生がいればよかったように思う。自分1人のための、補助の先生が必要だというわけではない。授業をする先生とは別に、生徒の間をまわってくれる先生、あるいは学生ボランティアがいれば「落としたものを、探してほしい。」と気軽に頼めよかったのではないかと思うのである。 2006年現在、生徒の間をまわってくれる先生、学生ボランティアがいる教室がかなりあると聞く。 そんな今当たり前のことがまったくなく、生徒である私は苦労を強いられていたのである。 |